6月の夢

all I dream about

きっとこれは悪夢なんだ


先月、推しが出ている舞台がありました。
ぶっちゃけあんまり埋まっていなくて、一つでも席を埋めようと思って通いました。


お客さんも少ないから、推しは毎回出席確認してくれました。


ああ、うれしいな。最初はその感情だけでした。だけど、毎日となるとうれしさだけじゃなくなってしまって。


昨日より見てくれなかった、ちらっとだけであとは全然だった……そのうち、自分の中でどんどん不満ばかりがたまっていることに気付きました。私は一体何を見にいってるのでしょう。

話自体が私の好みじゃなかったのもあるのかもしれません(役者さんたちは一生懸命演じてくださっていたし、不満は全くないです。ただ話が好みじゃなかっただけ)。でも、途中から「推しからのファンサ>舞台そのもの」になってしまったのです。

好みではない舞台に何回も通うのは限界があるのかもしれません。推しが出ているから通うのは苦痛ではないと思っていたけど、だんだん目的が違うところに移ってしまった。


初めて推しのオタクやっててつらいと思ってしまった。

一度だけ舞台を見て「推しかっこよかった!」と言うようなファンの方が楽だ。
チケット買って、お花出して、プレゼント入れて、多くを求めてはいないはずだったのに、気付いたら軽蔑しているようなファンサ乞食のオタクになってしまっていた。しかも、「好きという主張は一人前のくせに全然舞台入らないオタク」と自分は違うから自分はファンサを受ける資格がある、みたいな気持ちが根底にあることに気付いてしまった。


最低だ。


最低だと思っても、一度もらったファンサが減るのはどうしたってつらい。一度あげた生活レベルを下げるのは死ぬほど苦痛というのと同じような話。もらい続けていないと死ぬ。

ファンサ乞食をあんなに嫌っていた私は、きっと同族嫌悪だったんだ。自分が誰よりもほしいから、あの子たちを嫌っていた。



推しはこんなふうに私が思い悩んでいることを知らない。カーテンコールでよく見かける自分のファンを見つけて、その瞬間くらいは「ありがとう」と思ってくれているかもしれないけど、それだけだ。


今はそれがありがたい。

しばらく舞台から離れて、推しから目をそらして、自分の生活を大事にしているうちに、また純粋に演じている推しを見たいと思えるようになるかもしれない。

もう一度、「いいファン」の私になれるかもしれない。


なんでこんなにこじらせちゃったんだろう。
ただ推しを応援したいだけだったのに。