6月の夢

all I dream about

金魚

 

またブログを書くことになってしまった。

あれからまたいろいろあって、自分のやっていることに満足できた瞬間があったから、もうこのブログは消してもいいかなとすら思ってた。なのに、それからまたいろいろあって、今こうして病んだ思いを書いている。


なんで人間は見返りを求めるのだろう。
いや、いきなり全人類を巻き込んでしまったけど、少なくとも私は見返りを求めてしまっている。

その見返りを得られたと思ってるうちはいい。尽くすのもハッピーだ。
だけど、見返りがないと思った瞬間、どこまでも嫌になる。


何枚もチケットを買うのも、お花を贈るのも、プレゼント渡すのも、全部自分で決めたことだ。
私がやりたくてやったこと。
やりたいことをやっていて、どうしてこんなに苦しいのか。

病むくらいならやめればいいじゃん、と冷静な私が言う。そうだね、とも思う。苦しむくらいなら降りればいい。
なのに、どうして降りられないんだろう。
今までかけた時間やお金がもったいないからなんてこれっぽっちも思わない。そこは理由にならない。

やっぱり、好きなんだろうな。


どうしたら見返りを求めずにただ好きでいられるんだろう。
好きな気持ちを表そうとしていただけなのに、私はいつの間にか無理をしていたのかな。気づいたら見返りを求める嫌なオタクになってしまっていた。ただ好きだから舞台に行く、推しがかっこいい、幸せ。ここで終われたらよかったのに、好きなもののことは全て知りたいオタク体質なばっかりに通うようになり、推しに認知され、幸せと苦しみを知ることになった。


推しからもらったものは禁断の実だ。かじったら元の場所にはいられない。知らずにいたら、ずっとエデンにいられたかもしれないのに。


推しもずるいな。私がリアコじゃないのをわかっていての発言なんだろう。
でもね、いくら私がリアコじゃなくたって、釣った魚にも餌やらないと死ぬよ。釣った責任を取ってよ。じゃないと死ぬ。


お腹が空かなきゃいいのにな。
空腹を感じなかったら、狭い金魚鉢の中で幸せに泳ぎ続けることができるのに。












読み返したら笑えて来た!なんだこのクソポエム!
笑える間は大丈夫かな。まだ降りたくないよ。